世界の国々

国境について思うこと スイスとリヒテンシュタインの間で

みなさんこんにちは、ともはるです。

先日、スイス旅行のついでにチューリッヒから足を延ばし、小さな公国リヒテンシュタインに行ってきました。

スイスやリヒテンシュタインの旅についてのリポートは後日ゆっくりします。今回の旅で感じた自分の中の熱が冷めないうちに、国境で感じたことをつらつらと書き綴っておきたいと思います。これは、僕が実際に感じたことであり、これを読んだ方に同じ考えを強要するものではありません。結論から簡単に言うと、世界は小さくて曖昧なものだということです。

スイスとリヒテンシュタインの国境で感じたこと

今回のリヒテンシュタイン旅行の目的などは置いておいて、日帰り旅行でどこを見て回るのか。事前に調べ、スイスとの国境にかかる橋がある、ということを知りました。なんという貴重な場所があるんだ!とまんまと食いついて興味津々で行ってきました。

街の中心部から歩いて15分ほど、橋(というよりは木製の小屋と言った方が正しい)を見つけました。

近づいて見ると、しっかりと向こう岸までつながっています。川面が見えると橋とはっきりと分かります。

足を踏み入れると、対岸から歩いてくる人の姿が見えました。ちなみに二人がいる部分はスイスです。

進んでいくと、橋の真ん中あたりが国境です。たまたま同じ時に国境付近にいたご夫婦(どこからの観光か聞きそびれた)が、写真を撮ってくれました。せっかくなので載せておきます。(ちょっと嬉しそうな表情です)

橋の中は自転車の通路部分もあるので、サイクリングの人が結構なスピードで走り抜けていきます。写真を撮る際は注意してください。

こうして国境に立ってみると、なんだか不思議な感覚になりました。今回のように、国境を跨いだのは初めてです。

EU圏での旅行では寝ている間にバスの中で国境を越えていたりするし、まだ行ったことはないけれどガーナからコートジボワールやアルゼンチンからブラジルなど、陸路で国境を越える場所はたくさんあります。

日本は島国、陸路で外国とつながる日はおそらく来ないでしょう。LCCの普及やネット革新によりアジア諸外国との距離は昔より、かなり近づいたと思います。

こうして自分の足で踏みしめて、じっくり考えることも無かったけれど、隣国は遠い存在ではないということです。

特に急ぎの用事もないので、国境に座ってボーッとしてみました。これが一人旅の良いところ。急かされたり、同行者を気にしなくてもいい。

でもその時のテンションで誰かとお喋りする大切さもひしひしと感じます(笑)

自分が普段暮らしている国と、相手の国を隔てているのは心の壁なんだなと。

国境は地図上のに引かれた線。

○○人は暴力的だ~とか○○人は真面目で嘘をつかない~とか。もちろん、国民性は多少関係していると思います。

一つの国の中でも、初対面でとても親切にしてくれる人、少しでも騙してお金をとろうとしてくる人などを、一括りにまとめて語れるものではないと、色々と旅をしてから分かりました。

各々が好きな思想を信じて、笑顔で暮らせる世界が来たらいいな。

どうして国同士が対立したり、宗教が違うだけで争いを繰り返すんだろう。自国の利益のために他者を苦しめることが普通になっているんだろう。

他国との対立だけでなく、人間は今までに数々の過ちを繰り返してきました。ヒトラーによるナチス政権や、ポル・ポトが率いたクメールルージュで大虐殺が起こったカンボジア、ツチ族とフツ族のルワンダ内戦、ベルリンの壁。同じ国同士で、顔見知りも、幼馴染も、そんなことが関係ないくらい残酷な歴史があります。

人種に優劣なんてないのにね。国境なんてなくなればいいのに。

芸術も音楽もスポーツも、政治を持ち込まずに、良いものはいいと褒め合えるようにならないかな。

日本はどこの国へ行くにも海を越えないと「海外」へ行くことができないから、他国へ行くのにどうしてもハードルが高いなと思ってしまう。

日本人のパスポート普及率は約24%、これについてみなさんは低いと思いますか?高いと思いますか?

国や人種や民族に偏見を持つと、自分の成長の妨げになる。

僕が旅したことのある国はまだ20くらいだけれど、自分が料理人ということもあり、気になった料理を現地で食べてみたい!から始まり、どんな風にその料理が作られて売られて、どんな空間で食べれているのかを知りたい。

その食べ物が普及した政治背景や、地形や気候、風を感じ、それを踏まえて現地でしか食べられないものを味わいたい。(探究心が一般的な料理人とは違う方向へ行っているのは分かっております・・・苦。)

口に合わない料理も数知れず(笑)でも、現地の人は喜んで食べている。食事を囲んで団らんしている風景がそこにはある。

そこで食べたものを完全に再現するのは難しいけれど、帰ってから日本でも作って、たくさんの人に食べてもらいたい。別々の国で手に入れた食材を組み合わせて美味しい一品を作れたらいいな。

美味しいごはんの記憶、それは星付きレストランではなく、誰と笑いあって食べたかだと思います。数百円のうどんとか、ランチのチャーハンとか。

レストランに行くのとは違う、美味しい瞬間の記憶、目の前にいる人の笑顔。

じゃあそれがどんな具材で、どんなお皿だったかとか、そういう細かい部分は覚えていないけれど。目を瞑って思い浮かぶ幸せだったと感じる記憶。

僕は少しでも美味しい料理を食べて欲しいと、料理する時に常々考えています。でもそれは特別じゃなくていい。和食だったら、お味噌汁とか和え物とか簡単なものでいい。

まだまだ勉強中で偉そうなことは言えないけれど、みんなの心が温かくなる料理。それが僕の目指す、作りたい料理です。

ジャンルは何ですか?と聞かれると困るけれど、(聞かれたら、素材を活かしたパリのネオビストロスタイルと答えるようにしている)美味しければいいじゃん!というのが、僕の本当の答えです。

美味しい物を食べて、大切なひとと笑って過ごすこと。まずは身近な人に優しく・愛をたくさん注いで・感謝して過ごすこと。

美味しいご飯をたべているときは、人種も国境も性別も越えて笑顔で居られると信じています。

スイスの壮大な自然を見て歩きながら、色々なことを考えました。これについて答えは出ないけれど、まずは自分の中の偏見をなくし、少しでもフラットに居たいと思います。

今日も読んでいただき、ありがとうございます。

 

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